大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和24年(ネ)115号 判決

控訴代理人は主たる請求として、原判決を取消す、昭和二十二年十月二十日なされた解約の意思表示に基き本件賃貸借の終了したことを原因とし、被控訴人は控訴人に対し、東京都北区中十條三丁目三番地所在家屋番号同町三百七十五番木造瓦茸平家建一棟建坪九坪五合を明渡し、且つ昭和二十三年四月二十二日から右明渡済みまで一ケ月金三十五円の割合による金額を支拂うべし、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とすとの趣旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、なお、予備的請求として、昭和二十四年十月十八日なされた解約の意思表示に基き本件賃貸借の終了したことを原因とし、被控訴人は控訴人に対し右建物を明渡し且つ右と同一の金額を支拂うべし、訴訟費用は被控訴人の負担とすとの趣旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人は主文第一、二項と同趣旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の供述は、次の通り当審において新たな陳述をなした外は、いずれも原判決の事実摘示通りであるからここにこれを引用する。

一、控訴代理人の当審における新たな陳述。

本件家屋の間数が被控訴人主張の通り四疊半二室、二疊一室であること、及び被控訴人の家族が五人であることはいづれもこれを認めるが、被控訴人の收入の点は知らない。本件家屋の間取りは記録六十三丁添付の図面通りである。

控訴人が原審において主張した請求原因が仮りに理由がないとすれば、当審において左記の通り新たな請求原因と、これに基く請求の趣旨を追加する。即ち、

(一)  控訴人及びその母と妹は、東京都武藏野市吉祥寺二千七百三十番地所在の家屋の二階一室を間借りしていたのであるが、該家屋はその所有者である野口フデから鈴木越郎に賣却せられ、控訴人等は鈴木の家族から深刻な虐待を受けた(昭和二十三年十二月中控訴人の母サウは右越郎の妻子から前頭部を殴打されて一時気絶したことがある、これが後に述べる腦軟化症の主因のようである)。殊に昭和二十四年一月十一日越郎は死亡したのであるが、その後は到底居住に堪えない程度の虐待を受けたので、同年二月十二日肩書記載のアパート第二万歳莊第二十九号室六疊を権利金手数料合計金三万円を支拂い賃料一ケ月金二百五十四円で賃借居住することとなつた。控訴人は一ケ月僅か六千円の俸給生活者であるし、又罹災者でもあるので、右権利金等三万円を調達するにも、漸く衣類及び道具等を処分してできたものである。

(二)  控訴人の母は昭和二十四年十月八日頃から意思の表示が不完全となり、対談していても最初は纏つた話をしているが、段々と無意識なことを放言するようになり、又時には独語を云つたり、憂鬱に沈むようになつたので、東京武藏野病院(腦病院)で診察を受けたところ、精神分裂病にて今後三ケ月間入院加療を要するものと診断された。しかし直ぐ入院させる費用もできず又病室も空いていなかつたので、約一ケ月の間一週に二回程母を車に乘せて病院に通つたのであるが恢復の徴候も見えないので、更らに、昭和二十四年十一月四日東京大学病院にて診察を受けたところ、腦軟化症にて絶対安静入院加療を要する、入院期間は見通しがつかないし、又入院しても完全に恢復することは難事であるとの診断を受けた。

(三)  控訴人の母が右のように罹病したため、控訴人か又は妹が母の看護のためこれに付添わなければならなくなり、從來控訴人及び妹は共に就職していたが、母の発病後は、妹は離職して母の看護に当たらなければならず、そのため妹の給料は得られなくなつた。從つて控訴人一人のみの俸給によつて家計を維持せねばならなくなり、その上病院に通つて加療しても一週間に約千円の治療費を要し且つ控訴人は勤務先の会社を休み母を運ばなければならないのである。本來母は入院せねばならないのであるが、入院すれば一日金五百円程度の費用を必要とする。

(四)  右のような次第で、絶対安静を必要とする母の療養のためには、現在の居室にては、病身を安静にして療養することはできない状態にある。

(五)  控訴人の母の発病の原因は、右鈴木越郎の家族の虐待特に頭部の毆打や家計の困難特に移轉調達及び居住家屋についての心労等に在るのである。

以上のような理由から、控訴人の母の病気を治療するにも、第一には入院して加療することであるが、前記のように莫大な費用を要するし、控訴人は現在家屋の賃料も拂えきれない状態である。又病状や病名からしても容易に且つ完全に恢復するとは思われないので、騒々しく且つ不便で、加療に不適当なアパート生活よりも、静かな自宅で療養させ母の一生を終らせたい念願である。從つて控訴人が原審以來主張してきた解約理由に基く本訴請求が理由なしとすれば、右に述べた事情を更らに加え、昭和二十四年十月十八日内容証明郵便を以て被控訴人に対し、本件賃貸借契約の解約申入れをなし同月二十日被控訴人に該書面は到達したからその後六ケ月を経過した昭和二十五年四月二十日限り本件賃貸借契約は解約せられ終了した。よつて、予備的請求の趣旨として、本件建物を明渡し且つ昭和二十三年四月二十二日から該建物の明渡済みに至るまで一ケ月金三十五円の割合による金額の支拂を求める次第であると陳述した。

二、被控訴人の当審における新たな陳述。

本件家屋の間数は四疊半二室二疊一室である。被控訴人の家族は五人で、收入は一ケ月約一万円である。昭和二十二年八月分から昭和二十四年四月分までの家賃は供託済みである。控訴人が当審において新たに主張した右事実中、昭和二十四年十月二十日控訴人から被控訴人に対し本件賃貸借契約の解約申入のあつたことはこれを認めるが、その余の事実は知らないと陳述した。<立証省略>

三、理  由

控訴人が本訴において明渡を求めている前記請求の趣旨表示の本件家屋が元訴外野口フデの所有であつて、この家屋は四疊半二室と二疊一室であること、被控訴人が右野口から賃料一ケ月金三十五円の割合で期間の定めなく賃借しこれに居住していたところ、昭和二十二年六月三十日控訴人が野口から該家屋を買受けその所有権を取得し且つ同日その所有権取得登記をなし、野口と被控訴人との間の右賃貸借関係における賃借人たる地位を承継したこと、控訴人が被控訴人に対し同年十月二十日と昭和二十四年十月十八日の二回に夫々その主張の如き内容の本件賃貸借の解約申入をなし、前者はその翌二十一日後者はその翌々二十日控訴人に到達したこと及び被控訴人の家族が五人であることはいづれも当事者の間に爭のないところである。

よつて、先づ昭和二十二年十月二十日になされた右第一回目の解約申入が正当な事由に基くもので解約の効力が生じたか否かについて判断する。

成立に爭のない甲第三、四号証の各一、二、弁論の全趣旨に徴し眞正に成立したものと認める甲第五号証、原審証人後藤サウ、鈴木越郎の各証言、原審における原被告各本人尋問の供述を綜合すれば、控訴人は昭和二十年三月東京都豊島区駒込の借家にて戰災を被むり、昭和二十一年十月前記野口フデから、その所有の東京都武藏野市吉祥寺二千七百三十番地所在木造瓦茸二階建一棟の内二階八疊の一室を賃料一ケ月金八十円で賃借し、母サウ及び妹洋子と共に三名にてここに居住していたところ、野口は財産整理のため、被控訴人が賃借居住中の本件家屋を他に賣却することになつたので、先づ被控訴人に対しその買受け方を申出たのであるが。被控訴人はこれを買取るような資力がないというので拒絶したため、控訴人において昭和二十二年六月三十日代金一万五千円にて買受けたものであること、控訴人は自ら居住する目的を以て本件家屋を買受けたものであるが、その買受ける前にも又買受けた後にも被控訴人に対し家屋賣買のことを告げて、その全部又は一部の明渡を求めたのであるが、被控訴人としても移轉先がなく明渡に應ずることができなかつたので、控訴人は昭和二十二年八月東京簡易裁判所に家屋明渡について調停の申立をしたが、本件家屋は前記の通り四疊半二室と二疊一室だけであるし、被控訴人はその子三名と共に家族五名にて居住しているのであるから、右三室の内一室だけを明渡すことも到底不可能であるとし、家屋全部の明渡は勿論その一部の明渡にも應じなかつたので調停は不調に終つたこと、被控訴人は昭和十二年五月から本件家屋を賃借しているもので、最初は賃料一ケ月金十五円五十銭であつたが、昭和二十一年三月から前記のように一ケ月金三十五円となつたものであること、控訴人は亀有の日立製作所に通勤し月給四千円位、妹洋子は日本橋の某会社に勤務し月給二、三千円位、又被控訴人は自動車会社に通勤し月給七千円位の收入があり、これを以て一家の生計を立てているものであること(但し以上の各收入は原審の証人並びに本人のいうところでその時期の点は必ずしも明確ではない)が夫々認定することができる。

今以上の事実から考えると、控訴人は前記のように二階の間借りが居住に不便なところから、自ら居住するため本件家屋を買つたものに相違ないのであるが、該家屋には被控訴人が居住することを知つていたのみではなく、買受前予め被控訴人に対し家屋の明渡を求めたところ拒絶せられているのであるから、控訴人においては該家屋の買受後これが明渡を受けることは、当時の住宅事情に徴し、到底期待し得なかつたものといわなければならないし、又右買受代金一万五千円もこのことを斟酌し、低廉に定められたものと認めるのが相当である。從つて前段に認定した諸種の事情と合せ考えるときは、本件家屋の賃貸借関係の全部を解約するについては、正当な事由あるものということのできないのは勿論であるし、又その一部についてもこのような解約事由を肯定するのは相当ではない。何となれば、本件家屋は前記のように、四疊半二室と二疊一室だけであつて、被控訴人の家族五名の者が居住するには、最少限度の住宅として必要なもので、他人を入れる余裕はないものといわなければならないのみでなく、当時の住宅事情に徴し多少の余裕があるものと見られ得るとしても、控訴人の主張に從い本件記録六十三丁添付の図面によつて間取りの模様を見ても、内一室を控訴人に明渡しこれに控訴人の家族三名(又は内一名或は二名の者が移り住むとしても)と同居するには適当な間取りではないので、円満に同居生活を続けることは甚だ困難であつて、控訴人としてもこのような事情の下において、一室の明渡を強行しこれに移り住もうと試みることは決して策の得たことではなく賢明な措置ともいうことはできないのである。

以上の説明によつて、本件主たる請求の原因として主張せられている前示昭和二十二年十月二十日なされた賃貸借契約の解約の意思表示は、正当な事由に基かないものとして、その効力を生じないものと認める。

よつて次に、本件予備的請求の原因として主張せられている昭和二十四年十月十八日なされた解約申入が正当な事由に基くものかどうかについて判断する。

成立に爭のない甲第六号証、第九号乃至第十四号証、原審証人後藤サウ、鈴木越郎、当審証人後藤洋子の各証言、原審における原被告各本人尋問の供述、当審における控訴人本人尋問の供述を綜合すれば、控訴人が前記野口フデから間借りをしていた家屋は、昭和二十二年十一月頃控訴人の母サウの兄である訴外鈴木越郎に賣却せられたので、控訴人は同家屋二階の八疊の室から同二階四疊半の一室に移つたのであるが、右鈴木一家の者は同月中該家屋に移轉し鈴木夫婦は階下六疊、四疊半及び二疊の三室を使用し、鈴木の娘夫婦及びその子二人は二階八疊一室を使用することとなつたこと。然るに前記の通り二階四疊半一室を使用している控訴人及びその家族と右鈴木一家の者との間は甚だ折合惡しく、控訴人は鈴木から至急明渡すよう迫まられ、間代は昭和二十二年十一月から一ケ月金二百円に値上げを要求せられ控訴人はこれを承諾したが、なおそれ以上の値上げをも求められたのみでなく、廊下に炊事道具を置くことを禁止されるとか、控訴人の妹洋子が勤め先から夕刻帰宅して見ると階下は戸閉めにせられるなどの事があつて、洋子は昭和二十三年八月頃止むなく一時友人方に別居した程であつて、なお、控訴人の母サウは鈴木一家の者から惡口をいわれるだけではなく、同年秋頃頭部を毆打せられたことがあり、結局控訴人は右鈴木方の二階四疊半から立退くこととなり、昭和二十四年二月中、現在居住する肩書第二万歳莊二階二十九号室六疊の一室を権利金手数料合計金三万円を支拂い、賃料一ケ月金二百五十四円にて借受けここに轉居するに至つたこと、右権利金を作るため控訴人はその主張の通り家財道具類を処分して漸く調達したものであつたこと、控訴人の母は昭和二十四年四月頃発病し、快方に向かわないので、同年十月東京武藏野病院にて診察を受けたところ精神分裂病で二ケ月の入院加療を要すと診断せられた。当時母は言語も不自由な位であつたが、控訴人及びその妹洋子は共に会社に勤務しているので経済上の理由と(同人等が当審において証人又は当事者本人として尋問せられた当時の月給は、控訴人は手取約六千五百円、洋子は約六千円)適当な看護人を得られなかつた関係から入院が不可能で、控訴人と洋子とが交替にてリヤカーに乘せて右病院に通い、治療を続けていたのであるが、快方に向う様子もないので、昭和二十四年十一月頃東京大学病院にて診察を受けるに至つた。ここでは腦軟化症で入院加療を要する、全快は見込薄であると診断された。控訴人は一週一回宛同病院に伴い治療を続け大分快方に向つたものの、なお、静養を続けていること、洋子は母治療のため一月半程会社を休んだこともあり、右アパートは二階住いであるし、このアパートには三十室あり、ガス水道はなく、便所は階下に共同便所があるだけなので、このような状況から病人を抱えての生活には不便であるし、又病人の静養には不適当であること、一方被控訴人の居住する本件家屋は水道もあり右アパートよりは静かで療養には適することを認めることができる。

以上認定したところによつて、控訴人側の事情をみると、控訴人一家は、昭和二十年三月前記駒込の借家にて罹災して以來、住居には相当な不便と苦労を重ねたことであるし、殊に病母を抱えてのアパートの二階六疊一室の生活は不自由で、病人には不向きでもあるので、本件家屋の明渡を得てこれに入ることができれば、眞に好都合であるという事情はよく了解し得るのであるから、この点からみるときは、控訴人が昭和二十四年十月十八日なした第二次的の解約申入については、正当事由の存在を肯定して解約の効力を認めるのが相当であるかの感を起さしめるものがないではない。しかし、右の事情は控訴人側だけに存在する一方的の事情であるに止まり、これに被控訴人側の事情と一般の住宅事情とを合せ考えるときは、次に説明するように、右解約申入についての正当事由の存在は結局否定されなければならない。即ち、さきに第一次的解約申入の当否を判断する際に認定したように、被控訴人は昭和十二年五月から四疊半二室と二疊一室の本件係爭家屋を賃借し最初は賃料一ケ月金十五円五十銭、昭和二十一年三月から一ケ月金三十五円となつたもので、この程度の借家に居住し子供三名を養育してきているもので、本訴が原審に係属していた昭和二十三年頃には收入一ケ月金七千円位で(当審では一ケ月約金一万円の收入と主張している)、これを以て一家五名の生計を立てているところからみると、他に特別の証拠のない限り、生活に余裕はなく特別な資産を有するものとも認められない。從つて、今若し、ここで被控訴人が本件家屋から立退くとしても、現在の一般住宅事情の下においては、轉居先の目当もなく、相当な犠牲を拂つて空き間を見つけるとしてもその資金がないとすれば、轉居先の住宅を探がすについて当惑し、全く露頭に迷うというような結果に立至るものといわざるを得ない。控訴人は本件家屋を買受ける前既に被控訴人に対し明渡を交渉したが、被控訴人は移轉先がないというので拒絶していることは、これまた前に認定した通りであるから、控訴人が現に被控訴人の住んでいる本件家屋を買受け被控訴人を立退かせ、これによつて自己の住居の安定を得ようと試みたことは、当時の住宅事情からみて、その方法が当を得なかつたものといわねばならないし、又控訴人は本件家屋を代金一万五千円にて買受け、その後、ともかくも、三万円を支拂つて現在居住しているアパートに移轉した程であるし、現に相当な價値を有すと認められる本件家屋を所有しているのであるから、控訴人としては、強いて被控訴人に対し本件家屋の明渡を求めなくとも、他に適当な空き間を探し求める位のことは、自己の資力の上からみても必ずしも不可能なことということはできないのである。從つて右解約申入については到底正当な事由の存在を肯定することができない。

なお、この予備的請求の場合においても、右に認定した各事実を斟酌するときは、主たる請求の当否について、さきに説明した通り、本件家屋の一部について解約の効力を認めることは相当ではないものといわなければならない。

よつて、本件賃貸借につき解約の効力を生じたことを前提とし本件家屋の明渡及び損害金の支拂を求める控訴人の請求は総て失当であるから、排斥を免れない。從つて、本件主たる請求について原審がこれを排斥したのは相当で、これに対する控訴は理由がないから、これを棄却すべきであるし、又当審における新たな予備的請求についてはこれを棄却し、なお、控訴審における訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八十九條、第九十五條の各規定を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 斉藤直一 薄根正男 山口嘉夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!